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2019-06-27

猫飼いの憂い、ウチの猫がワガママすぎる。

今に始まったことではないけれど、私が7歳くらいになるまでの1986〜1993年のフュージョンジャズを聴くのが好きでよく聴いている。Pat MethenyやSpecial EFX、Yellow Jacketsなど。それはジャズ好きの父がいつもいつもかけていた音楽。

3歳以下に聴いたであろうCDも耳に入ると「あっこれ聴いたことある。」と覚えているものなのだ。まだ父が元気で、母の様子も落ち着いていた私にとっての古き良き時代、の音楽だ。笑 自分の心が不安定になった時に聴くと一気に安定する、心の処方薬といったところ。

知能レベルの個体差は生まれ変わりの回数説

全くタイトルとは無関係の前述となってしまったが、3歳といえば。猫の知能を人間に換算すると2〜3歳のレベルと言われていることを思い出す。

実際一緒に生活をしていると大体それくらいかなぁと思う一方で、恐ろしく個として完成されており猫自身もとても誇り高く生きているので、私は猫も人間も対等であると感じている。

でもそれにもかなり個体差があって、ポケ〜っとしたふんわり系の仔もいる。それは、私の友人の言葉を借りると「生まれ変わりがまだ少ない仔」なのかなぁなんてひとり思っている。

(その友人には2人子供がいるのだが、1人はポワ〜っとしてるけど、もう1人は「なんでこんな達観したことを言うのだろう?」と親も驚くような価値観を持っているそう。そこで友人はその子のことを「生まれ変わりが多いのかなぁ」と言っていた。私はこの話が好き。)

私にだって感情がある

私が今一緒に生活をしている黒猫のスバル(♂3歳くらい)は、朝は一緒に起きるが朝ごはんを食べると二度寝をする。そしてその後、10:30頃もう一度起きると決まって俺と遊べ催促が始まる。まぁこの相手が大変。

ちょうどその時間はブログを書いたり仕事の整理をしたり、午前中の冴えた頭でやりたいことに集中しているので、催促が激しくしつこいとこっちも感情があり徐々にイライラしてくる。笑

だけどここで無視をしたり中途半端にしか遊ばず蔑ろにすると、その後もずっと絡まれ大声で鳴き喚き、そこらじゅうの家具で爪とぎをし、ヘソを曲げ暴力(笑)をふるわれるのが目に見えている。

可愛いからつい甘やかしちゃう、けど…

もちろん全猫がこういう訳ではなく、猫の性格によるところが大きい。今まで10匹近い猫たちと暮らしてきたが、スバルはとりわけ俺様主義で傍若無人で、コケティッシュで甘えん坊だ。ここまでヤンチャな仔も珍しいけど、それでも大なり小なり特徴的な性格を持っているものだ。人間もそうであるように。

猫は可愛いだけでは飼えない。人間の都合は往々にして振り回されると心得ていないとならない。人間の子供は年齢が上がる程知能も上がるが、猫は永遠の3歳児だ。

敬意を払い、対等に

「犬は自分を人間だと思っている。猫は自分を神様だと思っている。」という言葉まである。同じ生き物として十分に尊重し敬っていないと、後天的にかなりひねくれた性格になるのも事実。

対等に接し、敬意を払うにはこちらの余裕がないといけない。幼子と長時間1対1で狭い部屋に一緒にいると、気が狂いそうになると言うお母さんの気持ちが、分からなくもない。人間の子育てと猫を同じように考えることに抵抗感を覚える人もいるとは思うけど、私はよくそんな風に考える。同じ生命だ。

 

向こうは言葉を話せないけれど、よく観察すると目や表情、鳴き方でたくさんのことを話している。こっちがどんな感情でいるかも、向こうも良く見ているものだ。全部、伝わっているのだ。本当にすごいと思う。

如何せん、理性は私と同レベルではないので、欲求が強く直接的。可愛いけれど、これとどう折り合いをつけるかが大変だ。スバルが折れてくれる時もあるけど、後で必ずしわ寄せが来る。笑

私の寝待ち中。枕の横で寝るのが今の気分らしい

なんだかスバルの愚痴のような記事になってしまったが、縁あって一緒に暮らすパートナーだ。成猫の状態で前の飼い主さんから譲り受けているので、彼にももう変えられない部分だってある。私だって頑固だしワガママだ。だけどお互いなくてはならない存在で、私はたまにスバルに守ってもらってるような気がすることさえある。

遊び好きのスバルが、今またひとりでおもちゃのネズミをくわえてニャーニャー(遊べ!)と言っている。仕方ないので、この記事はここで切り上げて私も一緒に遊ぶことにする。




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