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2018-12-28

猫は淋しいから飼うのではない。酒は旨いから呑むのではない。

昨年2017年、日本での猫の飼育頭数が犬のそれを超えた。

私は生まれた時から両親が猫を飼っていたので18歳で実家を出るまで猫を切らしたことがなかった。その為もちろん猫好きスペックはデフォルト設定だ。成人した今も飽きもせず猫を飼っている。飼えない時期は猫カフェに定期的に行くし、道ゆく野良猫に必要以上に絡んでいく日常。

猫ブーム?今さら何を言い出すの?という完全なる上から目線でそのブームを俯瞰している。

酒を呑む理由、猫を飼う(買う)理由

標題の酒に関する言葉は尊敬する太宰治の残した言葉だ。ではなぜ呑むかというと、酔う為だと断言する綺麗事だけでは生きていない彼の真髄が好きである。

そして本題の猫を飼う理由だが、明確な理由を私はまだ見つけられずにいる。可愛いからかう、というのは嘘ではないかもしれない。ただ、淋しいからではないことだけは断言しておきたい。淋しいから彼氏つくるみたいな。ちょっとそれとは一緒にされたくない自分がいる。笑

無理やり絞り出すと、人が異性と愛し合った結果自然と子供ができる摂理と似ている気がする。私は人生を愛する結果として猫を飼っている。キザか。でもこれが近い。

淋しいから、役割が欲しいから、味方が欲しいから子供つくったなんて、ひとりの人間に失礼だと思う。自分のワガママで命を扱ってはならない。介護要員で子供を産むなどして欲しくない。愛し合った結果子供ができることも一種のワガママという説もあるけれど、それは倫理学の分野になるのでここでは深追いしない。すみません話が逸れました。

ペットショップで猫を購入することの全てを否定はしないけれど、私は選ばない。可愛くて美しいけれども。早くその人工的に猫を産み出し商業化するシステムが消えればいいなと願っている。その分、不幸な野良猫が減って欲しい。幸福な野良猫も今増えている。「地域猫」という考え方が広がったおかげだ。

今飼っている猫は里親募集サイトで応募し、譲り受けた。はるばる北九州方面からやって来た。その時点でもう2〜3歳(推定)だ。元の飼い主さんも路上にいたスバルを保護したそうなので、年齢不詳なのだ。

猫の美しさ

猫の知能は人間の子供でいうと3〜4歳くらいあると言われている。

もちろん言うまでもないが感情も持っている。そのみずみずしさといったら。猫の感情の動きを感じるのが好きだ。まっすぐで嘘がない。一緒に暮らしていてその潔さが気持ちがいい。媚びる時はゴハンが欲しい時だけ。人間は欲深いから媚びることが多いのかもしれない、とかそれだけでも色々と考えさせられるのだ。

フォルムも模様も美しい。見惚れてしまう。1匹1匹異なるその違いがまた興味をそそられる。性格も千差万別。おっとり、陽気、神経質、気が強い、世話好き、ちゃっかり者、優しい、陰湿。笑 などなど。そのすべてが愛おしい。

ただそこにいるだけで私には意味がある。これって愛ですか。愛でしょうね。期待や要求はそこにはない。こんな風にいつも人と接することができたらいいなぁ。

悲しみを勝る喜び

生あるものに死は避けられない。猫の死を迎えるともう金輪際生き物は飼わない、という人がいる。こんな悲しみはもう2度と味わいたくないという。その気持ちも分からなくないくらい悲しみは深いのだ。そこで私は逆の発想となる。生きている間に戴く喜びが死の悲しみを勝るので、縁があればまた飼ってもいい。

切らすことなくハイ次!とまでは流石にならないけれど、捨て猫とか、飼えない状況に晒されてしまった猫とか、ペットショップで買い手がつかず大きくなってしまった猫とか、猫カフェを引退した猫とか、少し目を向けると出会いはたくさんある。こんな私でもボランティアの気持ちが少なからずあるのかもしれない。

大切なパートナー

スバルにはマイクロチップが入っているし、ペット保険にも加入している。(自分の保険は疎かにしているくせに😓)信頼できるキャットシッターさんとも出会えた。大病を煩わなければ、あと10〜15年は一緒に生きられると思う、今もうこの文書を打っている時点で目頭が熱くなってきている。笑

そんな感じで、かけがえのない家族だ。スバルを守る為に仕事をがんばりたいと純粋に思う。ちっぽけな動機かもしれないけれど、私の大切なパートナーなのだ。




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